【有限会社 マルヨーポーセリンについて】 代表者 加藤 和人

弊社名の「マルヨー」は「丸窯」からとりました。「ポーセリン」とは磁器の意です。
丸窯は本当は「まるがま」と読みますが、あえてマルヨーとしました。

「丸窯」とは登り窯の進化形、磁器を焼く巨大な連房式登り窯(茶碗数十万個は 焼成可能)のことです。 信楽(滋賀県)にある陶器を焼く登り窯は「丸窯」とは言いません。 あくまでも磁器を焼く登り窯を丸窯といいます。

大型磁器を焼くための非常に規模の大きな連房式登り窯。天井の形が ドーム形であるためこの名があります。間の規模がとびぬけて大きいため、 火力がゆっくりと上昇し、焼成時に器物のゆがみや破損が少なく、大型 製品を焼くのに適したとされます。

瀬戸は三方を山に囲まれた盆地、名古屋方面にだけは開けています。
江戸後期に有田から加藤 民吉らが磁器の制作方法を学び、(それまでの 瀬戸は陶器しか焼けませんでした)、山の斜面を利用した丸窯が窯数が 30位ありました。

大正から昭和に入って、ほとんどの丸窯は壊されました。 納期の面等で、時代に合わなくなり(年に2度しか焼成できません)、 今は5リュウベくらいの容積のガス窯で週に何度も焼成できます。
私は次男で、兄が(有)丸窯製陶所の社長として6代目です。 兄は製造、私は販売として別会社にしました。

うちの丸窯が最後の丸窯でした,(有田には現在も丸窯があるそうですが・・・)
5代目(父の代)の昭和30年10月に最後の丸窯の窯入れが始まり、薪を人力で 三日三晩、窯にほおりこんで焼くものです。(何人かの火入れ職人が交代番で) その様子が日大芸術学部のグループにより30分くらいのドキュメントとして 撮影されました。

市外、県外から来られる観光客ために万博の年('04年)に「瀬戸蔵ミュージアム」 が出来ました。この映像は非常によく出来た作品で、瀬戸市よって、この貴重な映像が デジタル化され、一般の人も瀬戸蔵でも見れるようになりました。

 

 

染付 正旭園    丸 窯  六代窯主 加 藤 庄 平

江戸時代の後期に瀬戸染付が起こり、同時代の末期初代加藤庄平創業、 その後、丸窯(連房式登り窯)の築窯により、大物の製作焼成が可能に なり呉須藤絵具を施し、瀬戸染付固有の伝統美を探究して、高い評価を 賜わり大陶卓(三尺)を旧宮家(梨の宮様)に献上、大型染付磁器燈篭
を善光寺に納めてまいりました。  

又、重箱、オーナメントの花瓶、ランプスタンド用花瓶その他の日用品 の製作も手がけてきました。

現在は、単房窯に改め今も尚、伝来の技法による染付を現代生活に適応
した製品に致し、又現代感覚との調和に努力を重ねて製作しております。

 

 


新しいランプシェード中型入荷'08新製品ランプスタンド(1)'08新製品ランプスタンド(2)縁起の良い招き猫 癒しの眠り猫
’09新製品クリスタルガラス ランプスタンド新しいランプシェード入荷しました'07新製品ランプスタンド'06新製品ランプスタンド
ランプシェード日本製NEW!ランプシェード中国製NEW!ホテル・レストラン小花チンツー柄Pro1Pro2Pro3

HOMEInformationLinks特定商取引に関する法律に関する表示お客様の声マルヨーポーセリンについて


© 2001 MARUYOH PORCELAIN,Inc. このサイトに掲載の情報及び画像を無断複写、転載することを禁じます